中村聡一テニス塾 (SNPTA)

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help リーダーに追加 RSS ベッカー、エドバーグ、アガシ、サンプラス、そしてフェデラーの登場。。。

<<   作成日時 : 2006/12/27 01:27   >>

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【ベッカーの登場】 そして次の大きなうねりは、1985年、ドイツ・ゲルマン戦士ボリス・ベッカーの17歳での全英制覇だったのではないかと思います。コナーズがローズウォールを粉砕したのが1974年で、それからわずか10年のあいだに、テニスは根底からその趣きをかえました。ボルグ、マッケンロー、レンドルというチャンピオンを輩出しました。コナーズが切り拓いたパワーテニスという新しい潮流に、これらの選手は、それぞれ、ループトップスピン(ボルグ)、オールコートからの自在なスピードテニス(マッケンロー)、ナチュラルトップスピン主体の攻撃的ベースラインプレー(レンドル)、と新たなテーストを加えていきました。そしてさらにそこへ重厚な威圧力を武器にした10代選手のベッカーが登場したのです。

「テニスは技術のスポーツ」という概念を今現在の多くのテニスファンに忘れさせてしまったのも、恵まれた体躯を活かして相手を圧倒するベッカーに端を発しているのではないでしょうか。それほどに、ベッカーの圧力はすごいものでした。

1985年ボリス・ベッカー対ケビン・カレンの決勝(1)
1985年ボリス・ベッカー対ケビン・カレンの決勝(2)

【エドバーグとベッカーの対決】 85、86年と2連勝したベッカー。その好敵手はスウェーデンのステファン・エドバーグでした。80年代の後半はこの二人がテニスをリードしました。ベッカーの後塵を拝することが多かったエドバーグですが、88年の大会でついにベッカーを下し、初優勝を飾りました。

1988年ステファン・エドバーグ対ボリス・ベッカーの決勝(1)
1988年ステファン・エドバーグ対ボリス・ベッカーの決勝(2)

しかし翌年89年はベッカーが勝ちました。6−0、7−6、6−4の圧勝でした。

1989年ベッカー対エドバーグの決勝

1990年も同じカード。3年連続でベッカー対エドバーグの決勝でした。5セットの熱戦の末、エドバーグに軍配が上がりました。

1990年ベッカー対エドバーグの決勝

そして91年もベッカーとエドバーグの二人伴に順当に準決勝に進出、4年連続のカードになるかと思えましたが、エドバーグがミカエル・スティッヒに苦杯を喫します。決勝はドイツ人対決となり、ベッカー優勢の予想でしたが、スティッヒがストレートでベッカーを下し大番狂わせを演じました。

1991年ベッカー対スティッヒの決勝


【アガシの登場】 そして1990年代になって顕著に台頭したのが、デカラケ世代です。1992年、22歳のアガシがウインブルドン初優勝を飾りました。

1992年アンドレ・アガシ対イワン・イバニゼビッチの決勝

”デカラケ”と伴に、80年代に広まり、この頃以降、現在まで、テニス指導の手本的に広く普及したのが、アガシの出身、ニック・ボロテリー式のテニススタイルとドリル主体の練習方式です。今のテニスの世界において、ボロテリー式のやり方に影響を受けていないアカデミーはおそらくありません。「アカデミー」という概念や用語すら、ここから発祥しました。1970年代後半に開校され、ジミー・アリエス、アーロン・クリックシュテインと続いたボロテリー門下生のなかから、90年代になって、初めてのグランドスラム・チャンピオンが登場したのです。

またアガシの優勝は、80年代半ば以降、レンドルやベッカー、エドバーグに代表される欧州勢に押され気味であったアメリカ勢の復活に繋がるものでもありました。

【サンプラスの登場】 アガシと同世代でアメリカンテニスの復活に貢献したのは、ジム・クーリエと、それから、翌年の93年以降のウインブルドンに君臨することになったピート・サンプラスです。

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1993年ピート・サンプラス対ジム・クーリエの決勝

ピート・サンプラスは、93ー95年の3連勝、97−00年の4連勝と、連勝記録こそビヨン・ボルグの「5」に届かなかったものの、圧倒的な力を見せた史上最高の芝の覇者となりました。

しかしその栄光も終焉を迎えます。

【フェデラーの登場】 2001年、19歳のロジャー・フェデラーの登場です。30歳にはなったものの、93年の初優勝から前年00年までの8年間に7回優勝という史上最高の芝のチャンピオンを、初めてのセンターコートでのプレー、19歳のフェデラーが5セットの大接戦のうえ下しました。

7−6,6−7,6−4、6−7、7−5

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2001年ロジャー・フェデラー対ピート・サンプラス4回戦(1)
2001年ロジャー・フェデラー対ピート・サンプラス4回戦(2)

敗戦後のサンプラスのインタビュー

サンプラスの試合後のインタビューは大変興味深い内容です。もうこのときにフェデラーの時代が来ることを予感していたのでしょうか。敗戦にもかかわらず、物静かに自分を下した相手をたたえ、そしてどんな強者にも終わりが来ることを淡々とした口調で語っています。

そしてフェデラーの初優勝は翌々年の2003年でした。

2003年ロジャー・フェデラー対フィル・フィリッポシスの決勝

この年から4年間、フェデラーの連勝は「4」にまで伸び、今も続いています。

2006年ロジャー・フェデラー対ラファエル・ナダルの決勝


【サンプラスの引退】 最後に、90年代のウインブルドンを完全に支配したピート・サンプラスの最後のポイントをみつけました。2002年6月26日。予選ラッキールーザーでなんとか本戦に上がることができた、ATP145位の選手、ジョージ・バステルに、2回戦、5セットの熱戦とはいえ、敗れました。試合後ベンチでうなだれるサンプラスの姿が印象的です。

2002年6月26日サンプラスの最後のウインブルドン、最後のポイント










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